2018年11月20日

教育勅語は日本人としての道しるべ

先日、大仙市角間川の旧本郷家に家内と

子供と三人で行って来た


この家には1881年、9月19日

137年前に

明治天皇が座られた玉座がある

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ボクは兼ねてから亡き父と親交の

あったこの家について明治天皇は

お泊りなった家とは、すでに父から

聞いていた


まずこの家の歴史は後から述べることにして

明治天皇と言うとあの「教育勅語」が

思い出されます


教育勅語は明治天皇の名のもとに

明治23年(1890)10月30日に発せられた

今後に日本の教育に関する

尊いお言葉なのです


徳川幕府は過去300年もの間

鎖国令を出し外国との交流を

閉ざしていたが明治維新政府が

出来、外国との門を開くと

西洋の文明が怒涛のように

日本に押し寄せ、日本の世の中が

混乱状態に陥りました


そこで、人間としての規律を正し

国民道徳を身に付けようと

考え、お出しになったものと

される


では、その教育勅語は、どんなものだったのか

「国民の皆さんは、子は親に孝養を尽くし

兄弟・姉妹は互いに力を合わせて助け合い

夫婦は仲睦まじく解け合い

友人は胸襟を開いて信じ合い

そして自分の言動を慎み、全ての人々に

愛の手を差し伸べ、学問を怠らず

職業に専念し、知識を養い、人格を磨き

さらに進んで、社会公共のために貢献し

また、法律や、秩序を守ることは勿論のこと

非常事態の発生の場合は

真心を捧げて、国の平和と安全に

奉仕しなければなりません

そして、これらのことは

善良な国民としての当然の

努めであるばかりでなく

また、私達の祖先が、今日まで身を

もって示し残された伝統的美風を

さらにいっそう明らかに

することでもあります」


つまり日本人としての本来あるべき姿が

記載されているのである


最近では稲田防衛相が「教育勅語の核の部分は

取り戻すべき」との発言と柴山昌彦文科大臣の

「教育勅語については、アレンジした形で

今の道徳などに使える分野は十分にある」との

発言により野党と日本のメディアから

多くの批判を受けました


教育勅語=軍国主義でしょうか

そして教育勅語=日本国憲法でもない


何故なら日本の敗戦によって戦勝国アメリカに

よって新日本憲法が制定され、この教育勅語は

抹消されてしまったのです


問題があるとすれば現代語訳では「国民」と

いう言葉が使われていますが

原語は「臣民」天皇が上、国民(臣民)が

下という形式自体が当時の言葉として

適切であったことが現代では強制的に

みられるようですね


では話は変わるが反対に日本教職員組合とは

どういう存在でしょうか


「9条を遵守すれば未来永劫日本は平和である」

「戦前の日本の歴史は侵略の歴史である」

「国旗掲揚や国歌斉唱の強制は良くない」

「教育に競争原理を持ち込むべきではない」

という左翼思想に対して

共感している教職員たちのことである


皆さんは、これが正しいことか悪いことは

その判断にお任せしますが


世界中どこの国をみても

国旗が国歌があります


それを軽視する国は世界中どこを

探しても一つもありません


同じ教育として教育勅語を振り返ると

この日本教職員組合の左翼思想と

比較してしまうのです


教育勅語から見て

あの「万引き家族」や「日本死ね」や

野党の皆さんのモリカケ問題での

与党に対しての数多い罵倒や

軽蔑の言葉の数々は、この教育勅語から見ると

有り得ない言葉であると思う



最後に旧本郷家の内部です

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posted by CAMくん at 13:37| Comment(0) | 日本の政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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