釜石市の追悼式に行く予定でしたが、
濃厚接触を避け復興した市街地だけを見てきました。
大船渡→釜石→石巻→川俣町(福島)と仕事で
行って来た場所です。
過去の記憶が薄れて来ている現代。
少しでも残しておきたい記憶である。
震災直後と現在の釜石市街地を
照らし合わせてご覧ください。
瓦礫の中から遺体を発見、
遺体安置所で自分の家族を必死に捜す人々、
倒壊した家を見て号泣する人々と
嗚咽している人々、
倒壊した自分の家の瓦礫の中から遺品を
探している人々、
救命士や自衛隊員が瓦礫の中から遺体を
発見する度に小声で涙を流していた。
倒壊した家々と多くの瓦礫の奥から
差し込む朝日に頭を垂れている人々、
家族を亡くし自分一人だけ生き残った老人が
肩を震わせ泣いていた姿。
夫と二人の子どもの遺体は見つかったが
一番下の子どもの遺体が見つからない女性。
夜時々は被災地の瓦礫の中での車中泊、
白い幽体が何体もフロントガラスを横切っていく。
時々後ろの座席に誰かが座っては消える。
車のドアを叩く者。眠れない。
でも驚きはしたが不思議と恐怖感は感じない。
「きっと成仏出来ない多くの魂が彷徨っている」と
涙し手を合わせた。
おそらく、自分の一生甲斐の中で見た
自然の破壊力と未曾有にたくさんの命を
奪っていった最初で最後の惨状だと思う。
愛する家族や恋人を亡くした想像を絶する
悲しみの中でも必死に耐えて生きようとしている
その姿は決して感動と言う言葉では
言い表す事は出来ない。
ただただ「乗り越えていって下さい。
頑張って下さい」とありきたりの言葉しか言えない自分。
鮮明に今も思い出す。辛く悲しい。
本当に被災者のこれからの人生を思うとき、
あまりに切なく可哀想過ぎます😭
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