2017年04月13日

3人の子供たちとの思い出も運命

今から10年以上前の画像です

弘前公園の追手門前です

子供たち3人.jpg

右、長男(34歳)既婚(秋田市在住)子供二人
  (私の孫、上女の子4歳、2番目男の子1歳未満)

中、長女(32歳)既婚(静岡県在住)子供なし

左、次男(29歳)独身(横手市在住)
   彼女居ない歴4年職場で出会いがないという

この頃までは私たち夫婦も3人の子供たちと

家族水入らずでいろんな所へ行けました


子供たちも、それぞれの道を歩み出して

5人一緒に集まる時間がなくなった

3人とも大学を卒業させたが、大学院までは

どうしても、入れることは出来なかった

長男が私立大学に入学したとき、自分は

仕事の退職を余儀なくされた

その後、自分は自営業を始めて

何とか卒業させた


長男も、私の仕事を心配して自分なりに

大学の奨学金制度を利用して4年間借りてくれた


ただ、普通免許の取得時に、半分払ってほしいとの

ことで、後残りはアルバイトしてくれるとの

ことだった 有り難かった

社会人になっても、まずお金を払ってくれと

言われたことがない


結婚式・結婚披露宴を挙げるときも

マイホームも購入する時も

全て、自分たちで払ってくれた


娘は国立大学へ進んだ

長男もそうだったらしいが


娘の大学が決まり引越しをして

娘に「じゃ、元気で頑張って」

と言って車に乗って出発したとき、バックミラーを見ると

いつまでも見送っている娘の淋しそうな顔が

見えていた 今でも、その顔を鮮明に思い出す


娘は大学時代部活のマネージャーだったので

部員の皆さんと一緒に遠征試合や旅行などがあり

本人も居酒屋でアルバイトをしていたので、

私たちに、いちどもお金が足りないと

言ったことはなかった


でも、女の子だったので、ストーカー被害に

何度か遭ったようなので、それが唯一

心配でしたが、同じ部活の先輩たちが娘を

交代ずつ見送ってくれることにより

助けられた


次男の大学時代はと言うと3番目だったので

簡単に県育英会から借りることが出来た

私の妹夫婦も住んでいるところだったので

私の家内のお母さんもよく連れて行くことが

出来たの喜んでもらえた


長男と長女は2年間大学生活の仕送りが

一緒でした 長女と次男は1年間一緒でした


次男のときは、本当に苦しかった

仕送りも、授業料納付も厳しかったので

普通免許取得時の30万程は

次男がアルバイトをして、全て賄ってくれた


親がお金持ちでないことが、どれだけ子供たちに

良いか悪いか影響を及ぼすかわからないが


少なくとも自力で立ち上がる子供に

成長出来ることは確かだと思う


人って、幸せに生きている人が何人いるだろうか

人それぞれ悩みを抱えながら生きています


被災で家族を失った人

たった一人だけ残された人


天罰が下されるはずもない人たち

被災で家族を亡くした人の言葉


「娘は、家族思いで優しい子でした。将来は

福祉の仕事に就きたいと言っていた 何一つ

道に反れたこともなかったのに、神様は何故」と

言って泣き崩れた父親がいた


運命と言えばそれまでだが・・・・・・・・・。


🎥弘前公園早朝の桜/
The cherry tree of beautiful early morning Japan


🎥弘前公園の桜ライトアップ(世界に発信)
  /A wonderful Japanese cherry tree HD


🎥弘前市景勝院の桜(国重要文化財五重塔)HD

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posted by CAMくん at 11:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月10日

えいごんで英会話を勉強して一ヶ月

横手のY2プラザで英会話を習って1ヶ月経つ

中学校の英語授業の勉強していたときからの

上手に英会話できるようになるのが夢でした

今、60代にその夢を実現したと思っている

えいごんの先生についてSpeed Learningの

一巻からやり直しをしている

聞き流すだけとうたってはいるが

この英会話は日常会話かも知れないが

かなり難しい

えいごん4.jpg

text massage=Cメール

fortunate=lucky

えいごん5.jpg

KanakoSENSEIは本当に外人と

話しているようです

この先生は中学校卒業と同時に留学したそうです

なるほどと理解出来ます


※私の中学校時代の英語経験をお話します

私は中学校1年から両親が私に

英語の家庭教師をつけてくれていました

週3回くらい家にきてくれました

英語の先生とかではなく趣味でNHKラジオ英語を

やっている人ですが、指導は厳しかった

毎回の予習は欠かさずの指導でしたので

学校での授業は、簡単に理解出来ました

発音の良い指導でしたので、間違いなく自分は

発音がよかったように思う



 でも、中学校時代苦い経験がある

1・2年のときからの憧れだった選ばれた先輩の

英語弁論大会出場者の英語弁論を

2年間聞いて自分もあ〜なりたいと

思っていた



 そのチャンスが3年生のとき訪れました

私の担任は女性の英語担当の先生でした

英語のテストはほとんど100点かそれに近い

成績でした 発音も当時からジョン・バエズ

ピーター、ポール&マリー が好きでしたので

そのEnglish songは何度も聞いていたので

歌詞を見ずに歌えました


上げていました

或る日、担任の先生が「さとるさん、英語弁論大会に

出場してみませんか」と言われた


 だが、その時私ともう一人いて二人が

一応推薦されていましたが、たった一人を選ぶ

問題はその選択方法です

一校で一人を選ぶんだったら、私達の英語弁論を

聞いてくれる先生はたった一人ではなく

その中学校での全ての英語先生が

聞いてくれるものと思っていました

驚くことにもう一人の私のライバルの担任の

先生一人だけでした

もちろん、わたしの担任や他の英語先生などいない



 でも、自分は当時学校の授業でやった

”江戸時代のっぺらぼう”のstoryを丸暗記をして

その先生の前で4ページにも及ぶstoryを

弁論したのです 

 続いてライバルが別のstoryを

弁論したが、あきらかにr(アール)の発音が

出来ていないのがわかっていました


 二人の英語弁論が、そのたった一人の

英語の先生の前で披露されたのです

私の担任の先生が後で結果報告してくれました

案の定、私ではありませんでした

それは、弁論したときから私はわかっていました


中学生ながら、自分は、ただ形式だけだったのでは

と最初から思っていました

そして、その後全校生徒の前で、推薦された生徒が

その英語弁論を披露しましたが

1・2年生のとき、私が聞いて憧れを描いた弁論は

そこには、ありませんでした


やはり、この生徒は全県英語弁論大会で

何も入らなかったのです

それは、わたしは最初からわかっていました


自分なら入賞したかどうかはわからないが

その事が未だに悔しさとして残っています

だから、その悔しさを今の英会話の勉強に

ぶつけているのです








posted by CAMくん at 14:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月06日

今日で新年度の仕事で4日目

今日で新年度4日目、マイクロバスの運転だ

マイクロバス1.jpg


マイクロバス2.jpg

新車なので、事故は絶対駄目だ

職員の皆さんを乗せるので、かなり気の使う仕事だ

ノークラオートマの車で、少しチェンジレバーが

複雑だ 

でも、何度も運転することにより慣れてくれることを

期待したい

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posted by CAMくん at 16:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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